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第76回大会(2005年) 奈良県を京滋奈地区から独立させ、1チームの出場権を付与(ただし、次点チームが近畿地区予選へ進出することはできない)。 ただし、この推薦枠方式は第76回大会限りで廃止され、第77回大会(2006年)からは、前年の優勝チームの所属地区の出場枠を1枠増やすこととなった。第78回大会では東芝(神奈川第1代表)が優勝したため、第79回大会では神奈川地区から3チーム出場することとなる。 予選の方法はリーグ戦か敗者復活戦ありのトーナメント戦で、地区によって異なる。また県ごとの一次予選をおこなう県もある。夜行バス 神戸 本戦に出場するチームは基本的にそのチームのホームタウンとなる市町村代表として出場するためマスコミではチーム名の後に括弧くくりでその市町村名を併記している。但し主催新聞社の毎日新聞だけ逆で市町村名を優先してチーム名を括弧くくりとしている。また東京特別区(東京23区)については、ホームタウンの特別区名ではなく一律「東京都代表」として扱われる。また、JFE西日本チームが出場した場合、チーム所在地は福山市であるが、川崎製鉄水島チームの所在地だった倉敷市と距離的に近いため、特例で「福山・倉敷両市代表」扱いとなる。 補強選手沖縄旅行 各地方予選で敗退したチームから合計5人まで選手をレンタルできるという、都市対抗独特の制度である。この制度によって予選敗退チームは補強選手に夢を託し、出場チームは自チームの欠点を補強し、まさに「地区の代表」となる。高速バス 関西 1950年、それまで8球団で行われていたプロ野球が2リーグ分立等に伴い、一挙に15球団に膨れ上がったが、それに見合う選手が足りなかったため、多くの選手が社会人野球から引き抜かれていった。都市対抗大会本部は大会のレベルの低下を懸念し、「都市の代表≒地区の代表」と考え、敗退したチームから選手を期間限定で借り受ける制度を創設した。これが補強選手制度のはじまりであり、他のスポーツ大会を見てもこのような制度を採用しているのは希である。1977年までは、各県ごとの一次予選終了時にまず5名までの補強選手を選ぶことが可能だった。地区ごとの二次予選でも補強が可能なので、最大10名までの補強が許されていた。(必ずしも補強選手を使わねばいけないというわけでもないため、シード参加の前年度優勝チーム(〜1996年)以外にもチームにより補強なしの「単独チーム」で出場するチームもあった)高速バス 東京 なお、公認野球規則1・11(a)(1)により、同一チームの選手は同一のユニフォームを着用することが義務付けられているため、本大会出場チームは補強選手のユニフォームを用意することとなる。 大会で勝ち進むには補強選手の活躍が不可欠だが、補強選手によってチームの陣容が変わるため、ある意味では賭けともなる。地区によっては実力差がはげしいために、補強を全くせずに大会に臨む、良い意味で「わが道を行く」、悪い意味で無粋なチームもある。 同一地区で複数の代表チームがある場合、予選通過順位1位(第1代表)チームから補強選手を選ぶことができる。よって、代表順位の高低も本大会で勝ち上がるための重要な要素となる。 なお、関東地区予選及び近畿地区予選で勝ちあがったチームは、所属するもともとの地区の最下位順位代表となり、関東地区又は近畿地区代表として補強を行うことはできない。例えば南関東第3位として関東地区予選を勝ち抜いても、関東全域の予選敗退チームから補強選手を選ぶことはできず、南関東第3代表として、南関東地区の敗退チームからしか補強選手を選択することはできない。 組み合わせ抽選 第73回大会(2002年)から、ファンの要望を受けて公開で行われるようになった(会場は年によって異なる)。北海道旅行 地区ごとに代表が出場すること、同一企業から複数のチームが出場する可能性があること等から、次のように組み合わせ抽選が行われる。 まず32チームのトーナメントの「やぐら」を作り、左から1番、2番…31番、32番と番号を振る。次に1番から8番までをAブロック、9番から16番までをBブロック、17番から24番までをCブロック、25番から32番までをブロックとする。 地区を「奇数」(1回戦では一塁側ベンチ)、「偶数」(同三塁側ベンチ)に分け、同一地区のチームが1回戦で対戦することがないようにする。奇数・偶数を決めるのは各地区第1代表チームの代表者(マネージャーがくじを引くことが多い)がくじを引いていく。代表数の多い東海地区から順に奇数・偶数を決めていき、どちらかの枠が16チームになった時点で終了し、くじを引いていない地区は空いている方に振り分けられる。夜行バス 格安 大会事務局が指定したチームを「特定シード」として、あらかじめ指定した試合日・試合数(第○試合)に割り振る。(第77回大会の場合、)観客動員が15,000人以上見込まれるチームを特定シードチームとして、スムーズな入退場ができるようにすることを目的とする。 同一企業から複数のチームが本大会に出場している場合、1回戦での対戦を避けるため、奇数(偶数)の中で同一企業内チームがある場合、まずこれらのチームをA、B、C、の各ブロックに割り振る抽選を行う。高速バス 名古屋 これらが終わると、残りのチームのうち奇数に割り振られた地区のチームの代表者がブロック分け抽選を行う。 その次に、Aブロックから順に番号のついた札を引く本抽選が行われる。 偶数に割り振られた地区も同様にブロック分け抽選→本抽選が行われる。 32チームがやぐらに割り振られた後で、次の2点に着目した確認が行われ、場合によってはベンチサイドの交換が行われる。夜行バス 大阪 o 同一企業内チームが連続して試合が行われる場合、同一のベンチを使えるようにする。 o 特定シードチームが連続して試合が行われる場合、同一のベンチを使わないようにする(スムーズな観客入れ替えが困難になるため)。 1日に割り当てられる試合数 2005年(第76回大会)までは11日間に渡って行われ、1回戦・2回戦の行われる初日から8日目までは1日3試合、9日目準々決勝は4試合一括、10日目準決勝2試合、11日目に決勝戦を行っていた(第76回大会は会場の都合等で2回戦を1日に4試合組んだ日もあった)。スカイホリデー 2006年(第 77回大会)から、会期が1日延長され12日間になった。これは準々決勝進出チームの連戦による健康被害を最小限に留めることや、1日4試合にすることで、第4試合の試合終了が午前0時近くになることの弊害を避けるため。そこで、初日の開会式直後の試合を1試合のみとして、2日目から10日目は1日3試合ずつとした。準々決勝は9日目の第3試合に1つと10日目の3試合全てに振り分ける。準決勝以後は1日ずつ大会日をスライドさせるが試合数については変更ない。 目安となる試合開始時間は、 o 第1試合 10時夜行バス 京都 o 第2試合 14時(準決勝第1試合) o 第3試合 18時(開幕戦、準決勝第2試合、決勝戦) 但し、前の試合の展開で遅延した場合は試合開始時間が遅れるが、速く終了した場合の繰上げはない。 表彰 大会独特の表現が目立つ。 黒獅子旗ダイビング 優勝チームに授与される優勝旗のことで、現在の黒獅子旗は3代目である。なお、初代黒獅子旗のデザインを担当したのは、橋戸信の友人でもあった画家の小杉未醒であった。1942年に全京城(ソウル)の優勝を最後に大会中断、旗は終戦の混乱の中、全京城の主力打者・秋山光夫氏が命がけで日本へ持ち帰ったという経緯がある(第17回大会#概要参照のこと)。なお準優勝チームには白獅子旗、3位チームには黄獅子旗が授与される(一時準決勝敗退チーム同士による3位決定戦が行われた時期(第17回大会から第38回大会まで)があり、このときは3位決定戦の勝者に黄獅子旗が授与された。現在は準決勝終了後、敗退したチームに黄獅子旗を授与するセレモニーが行われる)。 なお、各地区の予選を勝ち抜いて代表権を勝ち取ったチームには青地に黒獅子をあしらったデザインの旗が授与されるが、この旗には特に「青獅子旗」といった呼び名はついていない。高速バス 東京 2001年から、黒獅子旗を獲得したチームはその後1年間ユニフォームに黒獅子のエンブレムを付けてプレーすることができることとなったが、その年に優勝した河合楽器は優勝直後に休部を発表、2002年に優勝したいすゞ自動車もその年限りでの休部が決まっていた。また、2003年の優勝チームである三菱ふそう川崎も2004年シーズン序盤から本社不祥事により活動を自粛していたことから、2004年(第75回大会)に優勝した王子製紙が初めて「エンブレムをつけて1年間プレーしたチーム」となった(なお、優勝チームのエンブレム付きのユニフォームは野球体育博物館に所蔵され、入館者が見学することができる)。